太宰治生誕100年記念出版

「太宰治選集」 「太宰ノオト」

太宰治選集――全3巻

総解説 黒古一夫

本邦初! 読者の年代層に合わせて作品を選別した選集

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<巻T>青春の恍惚と不安を覚えている君へ
<巻U>人生の充実と喪失を味わっている友へ
<巻V>来し方の栄光と悔恨をかみしめている貴方へ

10〜30代の方におすすめ

解説 角田光代

30〜50代の方におすすめ

解説 安藤宏

50代以上の方におすすめ

解説 石坂浩二

【選集の詳細】
タイトル    『太宰治選集』
著者      太宰治
巻数      全3巻
体裁      上製本・箱入
版型      A5版(148mm×210mm)
頁数      704頁〜736頁
セット価格   14,286円(本体価格)

発売中

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太宰ノオト

三木学 編著

太宰は一生格闘するに足る作家である――朱川湊人

今、ふたたびDAZAIの風が吹く―
心に刻まれる文章、アフォリズムを網羅した、太宰ファン待望の書。

太宰とともに生きてきた著者が、若い読者へ贈る、太宰文学への「案内書」

発売日     2009年5月15日
定価       905円(本体価格) 
ISBN        978-4-434-13085-4 C0095
版型       46判変形 ソフトカバー
ページ数    200ページ

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沖縄在住の芥川賞作家、又吉栄喜さんから寄せられたエッセイ

                太宰文学と雪と珊瑚礁
                                                 又吉栄喜
 
  雪の降らない沖縄に生まれ育った私は昔から、雪深い青森出身の太宰に神秘的なイメー
ジを抱いているが、目も眩むばかりに陽が強く、色鮮やかに光り輝く珊瑚礁の海にも似た
ようなイメージが揺曳する。
  夏は珊瑚礁の海に入り、冬は白と冷厳さと驚くほど降り続く雪の力に満ちた雪国に出か
けている。
  ある年、太宰治の生家にボタン雪が降りに降っていた。風景は幻想のようにかすみ、な
ぜかふっと太宰の小説の人物やシーンが思い浮かんだ。
  白一色に森羅万象を覆いつくし、あたかも「神のみわざ」を眼前に顕現するような雪は、
人を始原に立ち返らせ、魂を奥底から揺り動かすのだろうか。
  太宰文学は、繊細だが力強く、冷たいが美しく、万物に滋養を与え続けている雪の賜物
だと、この時私は思った。
  太宰文学のキーワードは「弱さ」だという人は少なからずいる。登場人物は「弱々しく」
「女々しく」読者の目に映り、自身の内にある「弱さ」に気づかされ、目を逸らし、本を
閉じようとさえする。
  しかし、人に忍従を強いる雪の中に育ち、感性を研いだ太宰が「ただの弱さ」を表現し
ているはずもなく、(清廉な雪のように嘘偽りのない正直な気持ちから派生した)「弱さ」
を経なければ、人は「本物の強さ」(人生の不変の価値)を獲得できないと考え、「弱さ」
をとことん追求している、と私は思う。
  この追及の姿勢は凄まじく、降り積もる雪に一歩ずつ足跡を残し、先をめざす「弱い」
人間を、求道者のような崇高な存在に変えている。
  雪は太宰の語りとも重なっている。
  晴朗な、見事に均整のとれた雪(世界)と軌を一にし、無駄が一切なく、研ぎ澄まされ
た太宰の語りは深く本質をとらえ、忘れられない印象を残す。
  いつしか象徴に高まり、読者を夢見心地にさせる太宰の語りには、多分に、詩歌のよう
な雪国の言葉が影を落としていると考えられる。
  雪に閉ざされた夜、肩を寄せあうように集まった人々を前に、営々と話し聞かせてきた
語りべの色合いが太宰の初期の作品の底にすでに流れているように思われる。
  雪のはかり知れない「力」を軽減するための人々の知恵だと思われるが、雪国の人の語
りにはたくまざるおかしみも多分に含まれている。
  おかしみは太宰文学に頻発する主人公の自己憐愍や自己憎悪もやさしく包み込み、読者
を和ませる。
「弱さ」を通した人間洞察、詩的な語り、何とも言えないおかしみを通し、結局、太宰は
楽天的な感慨を読者に抱かせる。
「弱さ」を曝け出し、自嘲気味にモノを見、語り、人を楽しくさせるために常に剽軽者を
演じる主人公が普遍に高まるのは、太宰自信の「楽天性」の所以ではないだろうか。
「こころがどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で、楽しい
雰囲気を創ることに努力する(「桜桃」)」「家庭をたのしくするために、全力をつくしてい
るのだ(「家庭の幸福」)」。このポーズに似た言葉は幾重にもオブラートに包まれているが、
根底は楽天的だという太宰の表明に他ならないと言えないだろうか。
  太宰文学を新雪のように新鮮にしているこの楽天性ゆえに、若年、壮年、老年、人生の
いつ太宰文学を読んでも、読者は自分の中の新しい面と対峙できる。
  寒村に降る雪と小さい島の珊瑚礁は対照的だが、似通った神秘性を与えるのは共に「人
の始原の精神」、韻とおかしみと楽天性を含んだ古い良質の言葉を内包しているからではな
いだろうか。この「精神」は現代人の中に入り込み、何かの拍子に顔を出し、人に重要な
モノを与え続けると思われる。
  一度このようなロジックに立ち入ると、一見遠く隔てた太宰の語りと沖縄の古謡が接近
する。
(了)


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最終更新日 : 2009年5月29日