新老楼快悔 第155話 毎日が“驚き”の連続……

新老楼快悔 第155話 毎日が“驚き”の連続……


 東京に住む息子の嫁がやってきた。息子が仕事で上富良野に赴き、終わると札幌まで足を延ばすので、この際、老いた両親の様子を見ておこうということになったらしい。
 食事時、嫁を囲んで当然のように孫娘の話になった。長女の方は自分が経営する会社の仕事に没頭しているが、次女の方は、名古屋の男性と結婚することに決まったという。それはめでたい、相手はどんな人、結婚式の日取りは、場所は東京なの、名古屋なの。この間に、孫娘本人に電話をするなど、突然舞い込んだ朗報に、大いに盛り上がった。
 翌日、上富良野の仕事を終えた息子がやってきた。実はこの仕事、作家三浦綾子の作品『泥流地帯』の舞台になったこの町での講演会。息子が招かれた理由を説明すると、私が北海道新聞旭川支社勤務中、編集局長の指示で三浦綾子さんに新聞小説の連載を依頼し、了承した三浦夫妻を私の運転する車に乗せて上富良野へ赴き、泥流被害に遇った人たちから話を聞いた。これがほどなく小説となり、新聞に連載される。
 息子はこのころ中学一年生。父の転勤で旭川に移り住む。近くに三浦家があり、毎週日曜日になると礼拝のオルガンを弾きに赴く。夫妻にすっかり気に入られ、「うちの子にくれない」と言われたこともある。二年後に私たち一家は札幌へ移住したが、息子はその後、高校、大学を卒業し、上京して音楽の道に進んでからも、夫妻と交流が続いた。
 息子が語る上富良野の様子や懐かしい人々の名前を聞きながら、過ぎ去った半世紀前に思いを馳せた。
 夕食の席も、孫娘の結婚話になった。息子夫妻には姉妹が、そしてもう一人東京にいる娘夫妻には兄弟がいる。全員二〇代。いずれも婚期を迎えた年齢だが、今回がそのトップバッターということになる。
 私たちが結婚し、二人の子供を授かったのは昭和三〇年代後半だから、六〇年前。新しい家族を持ち、生まれたその子が成人して、新しい家庭を持ち……。ふいに亡くなった父や母に思いを馳せた。
 父は私が高校三年の六月、亡くなった。事故死とされたが、私は自殺だったと思っている。父の苦悩がどこにあったのか。残すべき言葉はなかったのか、という思いはいまも消えない。母は長命を保ち、先年亡くなったが、孫たちの成長を一番楽しみにしていた。
 ひるがえって母の年齢を超えた現在、毎日、毎日が驚きの連続なのだ。驚きとは、人間の魂を揺り動かす大きな要素だが、高齢になるとそれがより強まると思えてならない。




2024年8月16日


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