新老楼快悔 第153話 新刊本を手にして思う

新老楼快悔 第153話 新刊本を手にして思う


 新しい本が出来上がり、出版社から送られてきた。『北のお天気事件簿』(柏艪舎)という本で、明治時代から今日までに起こった自然の猛威をまとめたもの。長い間、心から離れなかった一冊だけに、安堵している。
『潮路』という本を四〇歳の時に出したのが始まりで、以来、随分多くの本を書かせてもらった。今回は超晩年の九〇歳を越えての出版だけに、いささか面はゆい半面、生涯やり抜いたという思いが実感として迫ってくる。
 それにしてもよく書いたものだとしみじみ思う。出版本をざっと並べてみると『北海道祭りの旅』(北海道新聞社)、『北海道ロマン伝説の旅』(噴火湾社)といった軽い旅ものから、『幕末群像を巡る』(青弓社)、『日本史の現場検証』(小学館)などルポルタージュ風のもの、『夜明けの海鳴り』(柏艪舎)や『日本人の死に際』(小学館)などの歴史もの、それに『古文書に見る榎本武揚』『評伝関寛斎』(以上藤原書店)などなど。
 心に残るのは満州開拓団を取り上げた『死の逃避行』(富士書苑)を始めとする『証言』『追跡』などの連作。戦後三三年を経て忽然と現れた「北満農民救済記録」という七冊のノートをもとに、国内はもとより中国東北部(旧満州)まで足を延ばして書き上げた。わが国が戦前、満蒙開拓という名で侵略を続けた汚点を改めて晒す結果となったが、反響は大きかったように思う。
 より強烈な印象を抱いて書き上げたのが『裂けた岬』(恒友出版)。戦時中、氷雪に埋もれた番屋の中で、飢えた船長が死んだ仲間の肉を食らい、生き延びる。武田泰淳の『ひかりごけ』はこの話をもとに書いた作品とされる。
 その船長が現存していると知り、初めて会ったのが一九七四(昭和四九)年。まだ新聞社に勤務していた頃だ。以来、何度も会い、話を聞いた。だが何も答えない。話してくれるようになったのは、七、八年経ってから。
 一緒に知床に行こうと約束したのに、船長は体調を崩して入院し、亡くなってしまう。出会って一五年後。『裂けた岬』という表題で出版されたのはその五年後。いま振り返って、なぜそこまで取材を継続できたのか。不思議な思いにかられる。
 でもものを書くというのは、全身全霊でぶつかるということ。それでいいのだと自らに言いながら、きょうもまた、いまにも壊れそうなワープロに立ち向かう。




2024年8月2日


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