新老楼快悔 第146話 「伝えたい、遺したい」の意味

新老楼快悔 第146話 「伝えたい、遺したい」の意味


 草野作工株式会社(江別市)から『伝えたい、遺したい。北海道の土木。その風景と歴史』という書物が送られてきた。創立七〇周年記念の出版物。非売品。同社のWEBサイトに掲載されたエッセーと写真をまとめて一冊にしたものだ。
 このサイトに何回か書かせてもらったので、そのお礼なのだという。改めて頁をめくると知己の磯田憲一さんはじめ、谷村志穂さん、桜木紫乃さん、蜂谷涼さんら女流作家を含め8人の作品が並んでいる。
「まえがき」によると、草野作工が自社のホームページに「北海道の土木の話」というコーナーを設け、土木にまつわるさまざまな話題を掲載してきたが、二〇二一年六月から、北海道各地に遺された土木遺産や、地域のシンボルとして市民に親しまれている土木施設を、エッセーと写真で紹介してきたと経緯を説明している。
 実は私もその執筆者の一人だが、執筆を依頼された時は内心、少なからず驚いた。橋や河川、道路や港、ダム、公園……などを建設する会社から、文章を依頼されたことはこれまでない。せいぜい竣工を祝う記念誌どまり。それだけに執筆に意欲が沸いたといえる。
 与えられたテーマをどのように書くか。普段はノンフィクション作品を書いているので、歴史上の人物をからませる手法を採った。最初の作品は旭川市の旭橋とし、ここに2・26事件の村中孝次を登場させる内容にした。村中は旭川出身。少年期には駅前から真っ直ぐ延びる師団道路を歩き、マチのシンボル旭橋を渡っていた。
 やがて陸軍軍人になり、昭和一一年(一九三六)二月二六日、腐敗し切った陸軍上層部を抹殺しようとクーデターを起こす。だが失敗して処刑に。旭橋を渡るたびになぜか、その壮絶な生涯に思いをはせることになる。
 有珠新道と呼ばれる定山渓国道(国道230号)はかつて最大の難工事といわれたが、このうち最大の難所とされたのが中山峠。その頂上に現如上人像が立っている。本名、大谷光瑩。なぜ宗門の年若い御曹司が京都から未開の大地に来なければならなかったのか。その陰に、神仏分離令を唱える天皇政権に対して、決して手向かうものではないとする宗門の必死の思いが覗く。
 時移り、定山渓国道の改修工事は最大重要課題とされ、大がかりな改修工事の設計が練られた。この設計を担当したのが道開発局の大谷光信という人物である。えっ、大谷光……、現如上人の本名に余りに似ていることに一瞬、うろたえたものだった。



2024年6月14日


老楼快悔トップページ
柏艪舎トップページ