新老楼快悔 第105話 文学館のカルチャーナイトで

新老楼快悔 第105話 文学館のカルチャーナイトで


 札幌市内の公共施設や文化施設で毎年一度開かれる夏のイベント、カルチャーナイト。その一つに触れようと夏の一夜、中島公園に建つ道立文学館を訪れた。開館前なのに、もう多くの参加者たちが館前に集まっていて、驚かされた。
 この日の目的は朗読会の聴講。入館してすぐ、一階ロビーで「古書バザール」が開かれていた。古書が安価で販売されており、多くの人々が二冊、三冊と買い求めていく。ひょいと見ると思いがけない本が目についた。別冊太陽『発禁本―明治・大正・昭和・平成』という雑誌。24年前に発刊されたもので、早速、買い求めた。こんな時は不思議なもので、ひどく儲かった気持ちになる。
 案内に従い地階の講堂へ。堂内は事前に申し込んだ定員50人が着席していて、いい雰囲気だ。朗読会は「北海道の風景 加藤多一の世界」。同氏の作品を女優の堀きよ美が朗読するもので、伴奏はギター奏者の村井正樹。亡き多一さんを偲ぶ気持ちが、私の背中を押したのだ。
 朗読作品は「ホシコ」「はるふぶき」の二つ。いずれも多一さんの傑作とされる児童文学作品である。開演早々、堀さんが老婆姿で登場し、その役になりきって物語を紡いでゆく。話術がとても巧みで、一度は目を通した作品なのに、初めて聞く物語のように感じられて、多一さんと久しぶりに再会した気持ちにさせれられた。



 この日は特別展の夜間開館というので、地階特別展示室へ。「小津安二郎 世界が愛した映像詩人」と題する展覧会が開かれていた。小津とえいばわが国を代表する映画監督で、サイレント時代から戦後まで、原節子主演の「晩春」「麦秋」「東京物語」など54本を制作した。1963年12月12日没。60歳。偶然だがこの日は誕生日だった。
 会場には小津監督制作の映画ポスターや、それにまつわる資料が陳列されていて、古き良き時代とされた昭和中期へ逆戻りしたような錯覚にとらわれた。思い起こせばあの頃、原節子の美しさと笠智衆の飄々とした演技に誘われて、何度映画館に通ったことか。
 多一さんも、小津さんも、生きた世界は異なるけれど、揺るぎないものを持っていた。それがその時代を生きる人々へのメッセージとして輝き続けているのだ、そう思うと、なぜか瞼が潤んでくるのを抑えることができなかった。




2023年9月22日


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