新老楼快悔 第97話 森村誠一さん逝く、あぁ
7月24日午後3時過ぎ、突然、電話が鳴った。NHK東京放送局の報道部からだという。一瞬、頭を過ったものがある。ひょっとして!
密かな思いは、悲しいかな当たった。森村誠一さんの訃報を確かめようとする電話だった。
「森村さんが亡くなられた、そう共同通信がいま、伝えてきたところです。だが確認が取れていない。合田さんのところに情報が入っていませんか」
一瞬、頭を殴られたような衝撃が走った。
「いや、ありません」
やっと応えながら、体のなかを流れる血液が音を立てて引いていくような不思議な感覚にとらわれた。
森村さんとの交流は長い。まだ新聞記者だったころ、北海道新聞日曜版の連載「ミステリーの風景」で小説『人間の証明』を取り上げようと、東京都近郊の自宅をカメラマンとともに訪れたのが最初の出会いだった。森村さんは私より一歳年上の90歳。気さくな感じの方で、胸襟を開いて語り合えるほどの仲になった。
この記事は間もなく紙面に掲載され、以後、年賀状をやり取りする時代が長く続いたが、ひょんなことから再びお世話をかけることになる。
1994年、定年になった私は、ノンフィクション作品『裂けた岬』を出版したのだが、内容が衝撃的だったせいか反響が大きく、四年後に別の出版社から文庫本で出版された。その本の末尾に、私の知らない間に、編集者から要請を受けた森村さんが「解説――人間の十字架」と題して書いてくれたのである。
――恐るべきドキュメントである。本書で語られる内容も恐ろしいが、筆者がこの事件に15年かけて取材した執念も恐ろしい…
この文章で始まる解説文(後に『作家の証明』に収録)は、私の魂を震わせた。あまりにも感動的で、この解説文こそ森村さんからのプレゼントだと思い、大事にしまっておくつもりだったが、三年前、柏艪舎から『生還』の表題で再刊した際、お許しを得て使わせていただいた。
電話で久しぶりにその話をした時、あまり体調がすぐれない、と語っていたが、お互い八十代の後半、無理せずやるだけやりましょう、というような会話をして電話を切った。
今年になって体調が思わしくないという情報が耳に入り、心配していたが、それが現実となり、大事なものが目の前から奪い取られていくような心境に陥った。
いまはただ、安らかに、と祈るのみ。切ないまでの時が過ぎていく。
2023年7月28日
老楼快悔
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