新老楼快悔 第89話 “漫才”に感動、そして涙
先日、札幌市内での講演会を終えて控室に戻ると、若い男性が待ち受けていた。お笑いコンビ、アップダウンの竹森巧さん。差し出された二冊の小冊子に目を奪われた。音楽劇「カイ」と「桜の下で君と」。相方の阿部浩貴さんと組んだ「二人芝居」という。しかも二人は札幌月寒高校の同級生と知り、急に親近感が湧いた。
実は登場人物の松浦武四郎も特攻隊員も、私が長年取り組んできたテーマである。竹森さんは「隣町の石狩市のの公演をぜひ観てほしい」という。だがこの日は「さっぽろ落語まつり」の公演チケットを購入済みで、時間がぶつかっている。残念ながら断念と伝えた。
ところが竹森さんは応じない。その夜遅く「車に乗せる人間を見つけますので、お待ちください」とメールがきた。
翌朝、新聞記者時代の親友の娘さんから「父が病で緊急入院しました」と電話がきた。しかも夕方、こんどは高校同期の親友の夫人から「夫がいま息を引き取りました」と伝えてきた。明日が通夜、明後日が出棺という。呆然となった。
私事を申せば、わが家もちょっとした騒ぎになっていた。老妻が突然、倒れて脳神経科病院に10日間も入院し、やっと退院したが、東京から長女や長男の嫁が急遽やってきて、家事をしてもらうという状態になっていた。だがぼーっとしていられない。取り急ぎ、友人の葬儀に参列して、別れを惜しんだ。
公演を明日に控えて、竹森さんから「車を用意しました」と連絡が入った。当日朝、「さっぽろ落語まつり」の会場へ赴き、出演者五人のうち四人まで観たところで退出。手配の車に飛び乗り、午後4時開演の石狩市の会場へ。
音楽劇の会場は満員。舞台に照明が灯ると、竹森さんと阿部さんの二人が登場して、軽やかなトークで笑いを誘う。その語り合いが太平洋戦争の話になり、特別攻撃隊が編成され、教師と隊員が特攻機に乗り、体ごと敵艦目掛けて突っ込み死んでゆく……。
二人の体当たりの演技と会場に流れるテーマ曲「愛しき人たちへ」(作詞作曲、竹森巧)に、観衆は笑いを交えた、涙、涙、また涙。しかも、公演日が登場する亡き特攻隊員の命日だったと知らされた。
私も感動で胸がいっぱいになった。戦争が終わって78年。あの日、私は小学六年生。夏休みで友達と遊んでいたら、自転車に乗った顔見知りの僧侶が、大声で、
「日本は負けた。早く家に帰って母や姉を守れっ」
と叫んだ。驚いてわが家に飛んで帰った思い出がある。
あんな時代に戻してはならない。数少なくなったわれら戦争体験者の想いを乗せたような音楽劇に、感謝するとともに、これでいいのかと自らを問いなおす、重い重い一日となった。
2023年6月2日
老楼快悔
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