新老楼快悔 第70話 新年を迎えて思うこと

新老楼快悔 第70話 新年を迎えて思うこと


 新しい年、超高齢者となる89歳の誕生日を迎えた。昭和ひと桁最後生まれ。こんなに生きるとは思わなかった、というのが正直な感想である。
 以前は元旦になると、「この一年なすべきこと」を新しい日記の冒頭に書き込んだものだが、今年はそんな気になれない。世情が不安定なせいもあろうが、明らかなのは前年暮れから正月にかけての大腸癌の手術の影響だ。
 病気とは無縁の日々だったのに、突然突きつけられた病状。やっと手術を受け、無事に済んだのに、その直後に腹膜炎なる病を併発し、朦朧とした感覚の中で、こうして逝くんだなと思い、肉親や知人に別離の電話をかけた。
 だが医療技術の凄さというべきだろう。体が少しずつ戻ってきて、手術後一カ月ほどで退院にこぎ着けたのである。命をもう少し授けられた、そんな気持ちになった。
 だから今年は、計画など立てられない。「目の前のこと」をやる、ただそれだけという気持ちなのである。
「目の前のこと」の一つが、正月までかかってやっと書き上げた『北のお天気事件簿』(仮題)の出版である。北海道は本州などと比べると緯度が高く、特徴的な地域で、ことに天気と関わる事件や事故が飛び抜けて多い。長年、考えていたテーマで、いずれまとめたいと思っていた。
 天候が事件や事故を引き起こした例――、吹雪に巻き込まれて死んだ人、雪で車がスリップして衝突死した人、大波によりボートが転覆して川底に沈んだ人、豪雨で命を落とした人、落雷の直撃を受けて絶命した人……などなど。冷害で農作物が全滅し、生きられなくなった農家が娘を売りに出したというケースまである。
 書いているうち胸が苦しくなったのが冬山登山中、雪崩の下敷きになって死んでいった北大生グループのリーダーの「書置」。迫りくる死と直面しながら地図の裏に書き綴った文面に涙を呑んだ。
 大時化の海上で視界が悪い中、ロシア船と衝突して沈没の危機に陥った貨物船の船長が、自らの体を暴風雨に飛ばされないよう船の柱に縛りつけ、乗員、乗客を次々にボートに乗り移し、自分だけ船とともに沈んでいった話は、書く筆が何度も止まった。
 私たち人間は、大自然から様々な多くの恩恵を受けている一方で、思いがけない被害にも遭遇するという背中合わせの中で生きている。そのことを人々は日々の暮らしのなかで承知していながら、時として過ちを冒してしまう。これを繰り返さないための方策はただ一つ、気象の動きを的確に判断し、うまく付き合っていくというほかない。
 この正月は雪も少なく穏やかな幕開けになった。大きな事件、事故が起こりませんようにと祈るばかりである。


2023年1月10日


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