新老楼快悔 第61話 舞台に触れて感じたこと
取材と執筆を続ける毎日だが、ふと、別の世界でのんびりしたいと思うことがある。一番手軽なのが寄席。会場に足を踏み入れたとたん、空気が穏やかに感じてくつろげる。
もとより落語が好きで、以前は仕事で上京するたびに浅草や上野の演芸場に出かけたものだが、近年は多くの噺家が札幌にやってくるので、手軽に楽しめる機会が増えた。
私が好む噺家のナンバーワンは柳亭市馬師匠。静かな口調だがぴりりと効く社会批評まで折り込んで、話を展開していく。美声の持ち主で、時折、相撲の行司よろしく力士のしこ名を呼び上げる。どっと沸く歓声…。還暦を迎えてますます脂が乗ってきた。一度、楽屋でお会いしたことがあるが、人柄のよさ、謙虚さに感じ入ったものだ。
先日は3人の噺家が出演する「落語教育委員会」を鑑賞した。柳家喬太郎、三遊亭歌武蔵、三遊亭兼好が相次いで登場して、満員の観客を笑いの渦に巻き込んだ。
演劇も、今年は何度か見せてもらった。もっとも心を揺さぶられたのが「ELEVEN NINES(イレブンナイン)」の「12人の怒れる男」。中央に舞台が置かれ、それを取り巻く形の観客席は満席で、緊迫した演技に息を呑んだ。終演になり、立ち上がった時、まるで自分が法廷を去る人間のように思えて、はっとなった。
久しぶりに一人芝居も見る機会を得た。以前、自分の著書が舞台化された縁で知り合った山根義昭さんの演出と聞き、懐かしさのあまり出かけたもの。出し物は井上ひさしの名作「化粧」。演じるのは演劇集団「五月の会」の代表、堀きよ美さん。
舞台は、出演前の楽屋。鏡を前にした女性の役者が、化粧をしながら物語が展開していく。驚いたのは存在しない鏡を前に、語りながら自らに化粧をほどこしていく。「母が憎いはうわべだけ、胸の底にはぎっしりと、母が恋しという声や、母なつかしという声が…」
その間に引き起こるさまざまな‟事件”をからめて、騒動の見せ場へと連なっていき、笑いと涙を折りまぜて、終演。
もっと驚いたのは終演後のショー。舞台いっぱいに躍る役者に目掛けて、見物客から紙片に包んだ‟おひねり”が次々に投じられて、興奮状態のままフィナーレ。
昭和戦前、まだ小学生だったころ、町に芝居の一座がくると、家族連れで出かけたのを思い出した。終演の幕が降りると、観客は舞台に向けて‟おひねり”を投じた。楽しませてくれた役者たちへの餞(はなむけ)だった。
そして帰り道、舞台のことどもを語り合いながら家族で歩んだ月の夜…。
思いもかけず、昭和の名残りを滲ませた大衆演劇をどっぷり味合わせてくれた堀さん、一座のみなさん、心から、ありがとうさま。
2022年10月28日
老楼快悔
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