新老楼快悔 第55話 拙著の作品用い、NHKラジオで「怪談会」

新老楼快悔 第55話 拙著の作品用い、NHKラジオで「怪談会」


そんなことになろうとは、夢にも思っていなかった。突然、NHK札幌局のディレクターから電話がきた。以前に出した本に出ている作品を用いて「怪談会」の公開収録をしたいという。しかも初めての試みと知らされた。
一瞬、おののいた。この本、『北海道こわいこわい物語』(幻洋社刊)という表題で、なんと30年も前に出した本である。何をいまさら、という思いと、いいじゃないか、使いたいというならという思いが絡みあい、結局、「どうぞお使いください」と返事をした。



コロナ禍の中、迎えた本番の日。どんなことになるのかと、恐る恐る出かけた。新しい建物の放送局内には大勢の人たちが1階ロビーに姿を現した。ディレクター氏によると希望者が殺到して、抽選で百人に絞って案内状を送ったのだという。
スタジオの正面には大画面が設けられ、「9丁目怪談会」の文字。9丁目とは新局の所在地である北1条西9丁目から採ったもの。会場内には何やら異様なものが置かれていて、それらしい雰囲気だ。
シーンと静まり返る中、福井慎二アナウンサーの司会で出演者が登場した。お笑いタレントの島田秀平さん、怪談師の匠平さん、俳優の西田薫さんが登場していよいよ本番。挨拶がわりの小話があって、いよいよ本の朗読だ。西田さんは苫小牧市勇払にいまも伝わる「夜泣き梅」の幽霊伝説を、「この子にお乳を…」と悲壮さを滲ませて読み上げた。
次に福井アナが石勝線常紋トンネルに現れる「血染めのタコ幽霊」。タコとは自分の体を売って働く労働者を指し、開拓期から戦前にかけて、劣悪な条件の中、働きづめに働かされた。逃げると捕らえられてメッタ打ちにされ、まだ息のあるうちに土中に埋められた。人権などなかった。
やがて完成したトンネル内に幽霊が出没し、機関士や乗客を震え上がらせた。トンネルの壁から立ったままの人骨が見つかり、観音像が立てられる。実態調査で付近から8体の遺骨が発見され、殉難追悼碑が建立される…。会場は静まり返ったまま。
最後は出演者全員が会場の人たちと一緒に、霊を払う‟浄め”の一本締め。これがものの見事に決まって「パチン」とスタジオ内に響きわたり、お開きに。
来場者たちはまだ余韻が残るスタジオを、そぞろ出ていく。私も、ディレクターや出演者たちに挨拶して外に出た。風が心地よい。幽霊とは何か。それは、いまを生きる人間が哀しみや憐れみの末に作り上げたものと思う。
だから人間が生存するかぎり、霊魂は滅せずに存在する…、などと、執筆した30年前を懐かしく思い返していた。
NHKラジオ放送は8月26日午後9時5分から。





2022年9月16日


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