新老楼快悔 第45話 探して歩く取材の旅は楽しい
大腸癌の手術から半年。毎年東京で開かれる会合の案内が今回も届いたので、体力がどこまで回復したか、テストを兼ねて6月中旬、久しぶりに上京した。
その旨、事前に東京に住む息子と娘に伝えたら、病気上がりの老体の旅というのでひどく驚き、到着の日時から宿泊先まで細部にわたって何度も聞いてくる。いささか困惑しながら、(すまないなあ)と心の中で頭を下げた。
その日、羽田に着くと、娘が出迎えてくれた。電車を乗り継いで品川のホテルへ。ひと仕事してその夜、こんどは息子一家と晩餐会。いたわられながら豪華な料理とビールで、心地よく酔いしれた。
翌朝は息子の運転する車で都内の銅像巡りの取材。病気上がりのしかも88歳の高齢者だから、目が離せないらしく、嫁と孫娘が私の側に座って、行く先をいちいち運転する息子に伝えている。
目的の場所は『東京人』という雑誌に出ている「国立公文書館周辺散策コース」に書かれた品川弥二郎像などの銅像数体。だが絵図通りとはいかず、やっとの思いで目的地に着き、シャッターを押し、ほっと安堵した。
大山巌像や吉田茂像、それに蕃所取調所跡や松の廊下跡などを回る。探しながらの撮影が心ときめくのはなぜだろう。新聞記者時代の壮絶な取材合戦を振り返りながらそんなことを思った。
次に墨田区の勝海舟像へ。このあたりは海舟がかつて住んでいた地域で、公園になっている。息子と孫娘がカーナビを覗き込んでいて、急に車を発進させた。ほどなく孫娘が「あったっ」と叫んだ。指さす先に、青少年会館があり、玄関脇に海舟と坂本龍馬の師弟像が見えた。龍馬が海舟宅を訪ねてその人柄に惚れ込み、弟子になったとされる場所なのだという。
台座に、像の建立に関わった人々の名が並んでいた。当然ながら勝家や坂本家の縁の人の名が並んでいる。いずれも以前に出会った人たちで、懐かしさがこみ上げた。
午後2時からの会合の場所まで送ってもらい、そこに顔を出して夕刻、またも息子の出迎えの車に乗せられて羽田飛行場へ。今度は娘が飛行機に同乗して札幌まで行ってくれるという。座席指定から荷物の搭載まで、何もかもしてもらって飛行機に乗る。
暗闇が濃くなってきた。雨が小窓を叩く。飛行機は一気に上昇して雲の上に出た。見下ろす雲海は早々と闇に沈んでいる。今度の旅も楽しかったなぁ、そう思いながら、いつの間にか、眠ってしまった。
気楽なもんだね、お爺さん!
2022年6月27日
老楼快悔
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