新老楼快悔 第33話 尊属殺人を消した〝事件〟
先日、札幌市北区で父親(六五)を殺した長男(二八)が現行犯逮捕されたという記事が出ていた。一段見出し、新聞用語でいうベタ記事扱い。つい半世紀ほど前までは、両親や祖父母、叔父叔母などは尊属とされ、加害者にどんな理由があろうとも、刑法二百条の「尊属殺人罪」に基づき、死刑か無期懲役にされた。へぇー、と驚かれる方も多かろう。
この法律は明治時代に制定されたもので、ことに多かったのが嫁による姑殺し。立場の弱い嫁がいびられた挙げ句、思いあまって…、というケースが目立った。
ところが一九七三(昭和四八)年四月四日の最高裁大法廷は「尊属殺人は法の下の平等に反し無効」として「違憲」の判決を下し、これに基づき、刑法の条項から削除されたのである。大法廷が「違憲」として犯罪とは、一体どんなものだったのか。
事件は一九六八(昭和四三)年一〇月五日夜、栃木県内の市営住宅で起こった。長女(二九歳)が眠っている父親(五三歳、植木職人)の首を紐で絞めて殺害したのだ。警察は長女を緊急逮捕し、取り調べるが、その供述から驚くべき事実が浮かび上がった。父娘は長年にわたり夫婦同然の暮らしをし、子どもが三人いるというのだ。
父が、長女の体を奪ったのは中学二年、一四歳の時。それを知った母は、幼い子たちを連れて家を出た。父は長女とともに市営住宅に引っ越し、一〇年間ほど暮らすが、その間に五人の子どもが生まれ、うち三人が育ち、学校に通いだす。
犯行が起こる年の春、長女は町の印刷工場に働きだし、知り合った若い工員(二二歳)から結婚を申し込まれる。それを知った父親は激怒し、長女を家に閉じ込める。
事件の夜、父は酒をあおり、「お前が出て行くなら、子どもたちを始末してやる」と怒り、眠ってしまう。この父がいる限り自由はないと考えた長女は、父の作業用の紐を持ち出し、眠っている父の首を絞め、絶命させた。
最高裁はこの時、別に二件の尊属殺人罪の上告審を抱えていた。これを含めて三件を一括して、一九七三(昭和四八)年四月四日、開廷し、
「尊属殺人は『憲法一四条の法の下の平等』に反し、無効」
と宣言し、長女に対して懲役二年六カ月、執行猶予三年の判決を言い渡した。
筆者が事件記者をしていた頃は、尊属殺人の記事はたいてい社会面のトップに据えられた。そんなことを思い出しながら、時代の変貌の凄さに舌を巻いている。
2022年3月25日
老楼快悔
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