新老楼快悔 第027話 同じ誕生日の奇縁(下)
アナさんから返事がないまま数週間が過ぎた。そんな時、娘家族に旅行計画が持ち上がった。夫と大学生の二人の息子の四人連れ。行く先はスペインのマドリードとバルセロナに決まった。うまくいけばアナと会えるかもしれないとの娘の思いが通ったのだ。
出発準備も整ったのに、アナさんからは何の連絡もない。ところが実行の日が近づいた夏の昼下がり、娘に一本のメールが届いた。アナさんからの返事だった。「心臓が飛び出すかと思った、ドキドキして手が震えた」。メールによるとアナさんもまた娘のことをずっと忘れずにいて、娘を旧姓で探していたという。娘は歓喜した。家族連れでスペイン旅行に行く旨を知らせると、アナさんは、無理にスケジュールを合わせて、マドリードで会うと約束してくれた。自宅からマドリードまで車で八時間はかかるという。感激した。
その日、マドリードの宿泊先のホテルで待つ娘一家のもとに、アナさんは、夫、息子二人を連れて現われ、懐かしの対面を果たした。驚いたことに夫同士が同じ年齢、子供はどちらも息子二人でやはり同じ年齢。しかもアナさんの長兄と娘の下の息子の誕生日が同じということまでわかった。日本とスペイン、二つ国の二家族八人によるパーティーは、片言のスペイン語と英語を交えて大いに盛り上がったという。
ここで娘とアナさんの相談がまとまる。2020年の東京オリンピックにアナさんの上の息子が自転車競技のスペイン代表になりそうなので、今度はアナさん一家が来日し、もう一度、会おうという計画を立て、別れたのだという。
さて、その東京オリンピックだが、新型コロナウィルス感染症の蔓延により一年遅れの開催となり、残念ながらアナ一家の来日は消滅してしまった。
さすがの娘もしょげ返っているだろうと思いきや、先日、来札した折り、「こんなものを作ったの」と一冊のフォトアルバムを見せてくれた。表紙は娘とアナさんの写真、頁をめくると、二家族の出会いとなったスペイン旅行の写真が、ぎっしり掲載されているではないか。娘自身が編集したたった一冊の手作り写真集で、なかなかの出来栄えである。
若き日の留学先の出会いから、一度は失いかけた友愛の絆を探し出し、そしていまは家族丸ごとの交流……。まるで離れ離れの“異国の双子”のような娘とアナの写真を眺めながら、その不思議な縁がずっと続いてくれるよう、心から願うのだった。
2022年2月10日
老楼快悔
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