新老楼快悔 第026話 同じ誕生日の奇縁(上)

新老楼快悔 第026話 同じ誕生日の奇縁(上)


 誕生日が同じというだけで親近感を抱くケースがある。卑近な例で恐縮だが、筆者の娘の場合、それが理由で、意外な展開を辿ることになる。
 1989年秋、25歳になる娘は、突然、仕事を辞めてイギリスに語学留学した。妻はどうしているかと気を揉む毎日だった。私は私で、ひょっとして青い目の男性と一緒に帰ってくるんじゃないかなどと冗談を言い、妻の不安を煽り立てたりした。
 やがて娘は、留学を終えて戻ってきた。娘は開口一番、こう言った。
「留学で友だちができたの。スペインから来ていたアナ・エステバンさんという女性。誕生日が同じなの。それで意気投合して、楽しかった」
 話によると二人は出会った時から相性が合い、占星から誕生日の話になり、生まれたのが同じ日と知り、喜び合ったという。そうか、それはよかったと相槌を打ちながら、見知らぬそのスペイン女性に感謝した。
 やがて娘は結婚し、横浜に移り住んだ。その後、子供が生まれ、同時に九州へ転勤し、さらに東京に移動するなど慌ただしい時期を過ごした。この間に娘は大事にしていたスペイン女性の便りをなぜか紛失してしまう。残されたのは二人で撮影した写真一枚だけ。
 時代は大きく変わり、インターネットの世界的な普及が娘の心を揺さぶる。フェイスブックやグーグルなどでスペイン女性の探索を始めたのだ。スペイン人の名前は、父や母の名まで折り込んでいるので、本当はもっともっと長い。娘は冒頭と末尾の部分にあたる「アナ」「エステバン」を覚えていたので、それを打ち込んでみた。すると驚くほど多くの同姓同名が画面に現われたのである。彼女を探すのは到底無理な話だった。
 だが娘は諦めない。さまざまな方法で検索を続け、2015年6月、その日もいつものように彼女の名前と誕生日を打ち込んだ。ところがなぜかヒットしたのだ。このあたりのしぶとさは少し照れくさいが、父親譲りというべきか。
 いきなり一枚の写真が現われた。それを見るなり「アナの面影がある!」。娘は夢中になった。文面を読み進めていくと、スペインのカナリア諸島生まれで、生年月日はばっちり同じ。サラマンカの大学で学び、いまはスペインの芸術学校の身体表現の教師をしているという。これは彼女が務める芸術学校のホームページによるものだった。
 娘はすぐに手紙を書き、手元に残されていた一枚の写真を同封して送った。さぁ、待望の返事はくるのか。――、とここまでで紙幅が尽きた。後半のお話は次号で。




2022年2月4日


老楼快悔トップページ
柏艪舎トップページ