新老楼快悔 第025話 なぜ小説を書かないのか
読者の方からよく「どうして小説を書かないのか」と質問を受ける。そのたびに困惑気味にこう答えることにしている。
「想像力がないし、踏み込めないんですよ」
若い頃からルポルタージュ風のものも含めて、ノンフィクションばかり書いてきた。小説といえるものは一冊だけ。40年ほど前、出版社の編集者に勧められるままに書いたもので、仙台藩の星恂太郎を主人公に、榎本武揚と対立する様子を描いた。
発刊されてから後悔の念が頭をもたげてきた。当然ながら主人公の行動はもとより、言葉一つまで、すべて私の考えで書かれた創作である。資料をいささか読んだとはいえ、歴史上の人物の言動をあたかも事実のように書いていいのか、という己への問いかけが胸に溢れた。
小説とは作家の想像力を基調にして、虚実を巧みに散りばめて書くのだから、作者の思いが登場人物に反映されるのは当然だ。読む側もそれを承知で、感情移入しながら読み進めていく。
本とはそういうものなのだから、私は、作家の手腕に拍手を送りながらも、「小説って罪深いものだなぁ」と思ってしまうのだ。
歴史小説の登場人物を見ればそれがよくわかる。書かれる人物像が作者によってまったく違って描かれている。たとえば徳川家康は長く「老獪な嫌みな人物」とされてきたのに、戦後、山岡荘八の新聞小説『徳川家康』により、将来を見据えた聡明な人物に変貌した。
坂本龍馬を維新の立役者に押し上げたのは司馬遼太郎なのはよく知られるが、それ以前はもっと違った評価だった。
新選組は戦前までは勤皇の志士を斬る悪役集団で、近藤勇も土方歳三も憎らしい存在だったが、戦後の新選組ブームで一変し、もてはやされている。
一冊の本がその人間の評価にまで影響すると思うと、身がすくむ。だからあの時の一冊は、己への悔悟となり、二度と再びフィクションは書かないと心に決める結果となった。
ノンフィクションはフィクションと比べると、取材一つとっても難儀なことが多い。事実が解明できないまま立ち往生することもしばしばだ。だがそんな時は、わからないと書くことにしている。それが逆に面白みや深みを出す場合もある。
最近書いた作品の『「アイヌ新聞」記者高橋真』という本は、本人が多くの新聞記事や論文を残してくれたので、その言動を辿ることができたが、幼くして亡くなった母の名が記されていない。除籍簿を見ればわかるのだが、出身地の町役場は「個人情報」を楯に拒絶する。やむなく「母の名はわからない」と書いて、わが身の非力さを嘆いた。
きょうもノンフィクション作品を書いている。途方もない“怪物”と意識しながら、悪戦苦闘の日々……、である。
2022年1月28日
老楼快悔
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