新老楼快悔 第009話 「昔ばなしの裏話」のお話

新老楼快悔 第009話 「昔ばなしの裏話」のお話


 以前、『日本昔ばなしの裏話』(扶桑社)という本を出した。こんな面白い着想はないと思い込み、楽しく取材し、心地よく執筆したが、いざ出版してみると売れ行きはさっぱり。若い編集者がこう言ったものだ。



「面白いか面白くないかを決めるのは読者。著者の思いと読者の思いが重なることなんてそうないです」
 達観したような編集者の言葉に、憮然となった。
 でもこの本、私にとっては、痛快きわまりないものなのだ。「本屋さん大賞」というのがあるが、「著者本人大賞」なんてのがあれば、この本にも陽が当たったのになぁ、とすでに廃刊になっているのに、いまだに思いを引きずっている。
 メインとして取り上げたのは「かぐや姫」。竹取翁の住んだとされる奈良県広陵町と桜井市の取材の旅は、いつもながらカメラを担いだ一人旅。「広陵翁」を名乗る町長に夢をたっぷり聞かされてから、参事の案内で、物語の舞台とされる竹林の道を歩く。ここらに竹取翁夫婦が住んでいたとかで、いまも「竹」のつく家が多いという。家々の表札を見てみると、確かに「竹」のついた家が見える。



「調べてみたら竹と藪のついた家は184戸もありました。竹村さんはこの地域だけで40軒もあります。翁の末裔たちでしょうね」
 参事さんの弁舌爽やかな説明に、思わず体が前のめりになる。
 ここから少し離れた桜井市には“かぐや姫探検隊”という組織があって、
「こちらこそかぐや姫の本家です。その証拠を教えます」
と熱っぽく語る。実はこの街にはその名も天香久山(あまのかぐやま)という山と、三輪山、二上山という山があり、探検隊が十五夜、三輪山のすそ野に広がる竹田原で、この三つの山を結ぶ三角点に立ち、点を仰いだところ、まんまるい月が午前零時きっかりに、天の香久山の頂点に達したのである。これぞ、かぐや姫が月に帰った証拠、と断定したという。
 次は「酒呑童子」の故郷とされる京都府大江町へ。北近畿丹後鉄道宮福線の大江駅に着いたとたんに驚いた。駅前が「大江山鬼瓦公園」になっていて、鬼面をあしらった屋根付きの回廊があり、中に瓦の鬼面がぎっしり並んでいた。
 酒呑童子が住むという大江山へ向け、車を走らせた。断崖が連なる深い渓谷へ行くと、小川が見えた。鬼退治に向かう源頼光ら6人が、血のついた着物を洗う娘と出会った場所だ。この一行の一人、藤原保昌の末裔がいまもこの地に住んでいると知らされた。
 大江山の中腹に建つ「日本の鬼の交流博物館」の館内は、鬼にまつわる資料がぎっしり展示されていて、迫力満点。近くに酒呑童子の屋敷跡があり、そこに手をかざした不気味な三頭の鬼のモニュメントが見えた。
「鬼の正体は、京の都に従わぬ別の世界の集団、つまり排他された人たち」と交流館の職員に説かれて、何やら現代の社会にも共通するように思えて、鬼にされた人たちの存在の意味を噛みしめていた。





2021年10月8日


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