新老楼快悔 第004話 この頃、好きなもの、嫌いなもの

新老楼快悔 第004話 この頃、好きなもの、嫌いなもの


 街角で久しぶりにかつての同僚A君に出会った。コロナ禍なので当然、マスクをしている。
「これが俺の性に合っている」
 マスクを指でさして高らかに笑った。80歳を過ぎたというのに、相変わらずのヘソ曲がり口調だ。
「あの頃、楽しい言葉遊びがあったな」
「うん? なんの話?」
「ほら、世の中の人間の好きなもの。巨人、大鵬、タマゴ焼き」
「あぁ、知っている。昭和40年代に流行ったな。俺たちがまだ若い頃の話だ」
「その逆ってのを知ってるか。嫌いなものの言葉遊びってぇのを」
「いいや、知らない」
「そうか。教えてやろう。江川、ピーマン、北の湖!」
「えぇっ、ほんとうか」
「江川は、阪神に入団が決まったのに、巨人が空白の一日とかなんとか理屈をつけて、しゃにむに入団させた。これで巨人人気は急落した」
「ふーむ」
「ピーマンはいまも俺、大嫌い。北の湖は憎らしいほど強くて、態度もでかかったな」
 A君の口調は、以前よりいささか速度が鈍ったとはいえ、切り口の鋭さは変わらない。いや、逆に凄みが加わったようだ。
「さて、ならば現代は如何と考えた。そこで生まれたのがこれだ。いいかな。日本人の好きなもの。聡太、翔平、マリトッツォ!」
「うん?」
「聡太は藤井聡太二冠。この将棋少年のけたはずれの勢いはどうだい。翔平はお馴染みアメリカ野球で二刀流で暴れまわる青年。胸がすかっとするな」
「次の、マトリなんとかって、何?」
「聞いて驚くな。マリトッツォというのは若い女性の中でいま一番人気の菓子だ。イタリア生まれで、パンの間に生クリームを入れたものだ。孫娘から教えてもらった新ネタだぞ」
「へぇー」
「そこで、好きなものときたら、嫌いなものも上げぬといかんな。そうだろ」
「う、うん」
「こちらは簡単だ。いいかな。二階、白鳳、コロナ風……、もう少し広げて、安倍に菅、忘れちゃいけないモリカケ桜……」
「おい、もうよせよ」
「了解。これだけ言ったって、マスクの中の内輪話ってわけ。わっはっは。じゃあな、また会おうぜ」
 威勢よく言い放ち、振り向きもせず、足元をふらつかせながら立ち去った。
 真夏の昼下がり、コロナ風吹きすさぶ札幌の街で白昼夢のような一コマです。





 
2021年8月27日


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