新老楼快悔 第003話 A級戦犯の遺骨を太平洋に散骨

新老楼快悔 第003話 A級戦犯の遺骨を太平洋に散骨


2021年(令和三)6月7日の北海道新聞は、一面と二面で使い、以下の見出しで、A級戦犯の散骨の様子を紹介した。

A級戦犯 太平洋に散骨/将校「横浜の東上空で」/米公文書発見
「秘密裏に」将校の手で/手順定め処刑当日に――




当時から「散骨されたらしい」と噂されていたが、今になって真相が明らかになった。だがその理由が「殉教者化を防ぐ狙い」とわかり、アメリカ政府の徹底した政策に改めておののきを覚えた。
戦勝国アメリカが占領軍を日本国内へ派遣し、軍国主義体制を否定し、戦争遂行責任者たちを次々に逮捕する反面で、非合法活動者として獄中にいた共産党員らを釈放した。また不在地主をなくして農地解放を行い、小作人と呼ばれた農民に土地を与えた。労働者の権利を認めて労働組合を作り、男性にしかなかった選挙権を女性にまで広げた。
もっとも強烈だったのがスクリーン、スポーツ、セックスを意味する「3S政策」。想像もつかない相次ぐ変革に、国民はうろたえながらも飛びついた。
アメリカ政府はこの陰で、日本人の持つ国民性を重視し、復讐心の芽を断ち切ろうとした。忠臣蔵物の映画や読み物がすべて不許可になったのはそのためだ。
東條英機らA級戦犯七人が処刑されたのは1948年(昭和23)12月23日。多くの国民は天皇をそそのかして戦争を遂行した戦争犯罪人に対する当然の報いとして受け止めた。中学生だった筆者も何の疑問も抱かず、これで戦争は解決したと思った。



だが国民の知らないところで、処刑された戦犯七人の遺骨は、上空から海面に「散骨」されていたのだ。理由は処刑された戦犯が後に殉教者として神格化され、復讐に繋がるのを恐れたためという。
「散骨」を決めたのはアメリカの大統領、トルーマンである。のちに明らかになる大統領の有名な言葉が残っている。大要を記す。

猿(日本人のこと)を『虚実の自由』という名の檻で飼うのだ。方法は、彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだけで良い。そして3Sを解放させる。猿は、我々の家畜だから、家畜が主人に貢献するのは、当然のことである。我々の財産でもある家畜の肉体は長寿にしなければならない。(化学物質などで)病気にさせて、しかも生かし続ける。これによって我々は収穫を得続けるだろう。

一読して当時の日本国の、そして日本人の置かれた立場がどのようなものだったのか、を知ることができるとともに、戦勝国の奢り昂りを感ぜずにはいられない。
だが日本国民はこの段階で、その本質を見抜けなかった。敗戦の焦土から必死に立ち上がり、ひたすら働き続けた。そしていまや世界に冠たる地位に…、と思っていたのだが、処刑から七四年も経って、米公文書の発見から「散骨」が明らかになったのである。
散骨された骨は戻らないが、日本人の脳裏に刻まれた記憶まで消すことはできまい、と思う。
コロナ禍におびえる中、迎えた敗戦の〝長い夏〟が、五輪の喧騒とともに過ぎていく。


 
2021年8月20日


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