老楼快悔 第103話 鈴木光枝、佐々木愛、そして…
文化座の鈴木光枝さんと佐々木愛さんはご存じ、母子である。長い付き合いになったのは拙著『流氷の海に女工節が聴える』を舞台劇にしてもらったことによる。以来、何度か文化座の演劇を見せてもらう機会を得た。
光枝さんは若い頃から老け役を得意とし、「三婆」「荷車の歌」「女と刀」とどれも素晴らしい演技をみせた。何度見ても泣かされたのが「おりき」。4回目の時などは「きょうは泣きませんよ」と言うと、光枝さんは「えぇ、えぇ」と頷いていた。
舞台は進んで終盤、光枝さん扮する老婆と話合っていた青年が、急に直立不動の姿勢をとり、自ら素性を明かし、明日、戦地へ赴く、そのわずかな時間を割いて懐かしい山路を歩いてきた、と述べる。驚く老婆――。光枝さんの名演技に、また泣かされてしまった。そんな光枝さんもいまは亡く、10数年の歳月が経過した。
後を継いだのが娘の愛さん。もう30余年も前の話だが、愛さんから突然、電話がきた。夏休みに幼い息子と娘を連れて、北海道の中標津町にある「ムツゴロウ王国」を訪ねたという。「母親らしいことを何ひとつできないので」と語る口調に、いつも忙しい女優という職業の日々を垣間見る思いがした。
その日、母子3人が飛行機でやってきた。子どもたちは帽子をかぶりリュックサックを背負い、大張りきりだ。夜行列車まで時間があるので、ススキノの「カニ店」に招いた。子どもたちは嬉しそうにカニを食べ、大騒ぎしたと思っていたら、そのまま眠りこけてしまった。時間が近づき、タクシーで札幌駅まで送った。数日経って愛さんからお礼の電話がきて、「子どもたちが動物と触れ合い、喜んでいました」と話してくれた。
光枝さんが亡き後も、文化座の札幌公演があると、舞台を見させてもらう。愛さんは光枝さんと違って、「越後つついし親不知」でも知られるように、美しくもはかない女を演じて定評がある。芸風は違うが、母親の足跡をしっかり受け継ぎ、一座の大黒柱として奮闘している。
先日所用があり、東京にある文化座の稽古場に電話をしたら、女性が応対に出た。愛さんは不在、と答える口調にもしやと思って尋ねると、子ども時代に一度だけ会った愛さんの娘、明子さんだった。「あの北海道旅行は忘れられない思い出です」と答えてくれた。
こんど上京したら明子さんに会おう。そうなると光枝さん以来、血筋三代の女性を知ることになる。こんな例は余りなかろうなどと勝手に瞑想していたら、明子さんの娘、琴音さんが「炎の人」で初舞台を踏んだという知らせが飛び込んできた。しかもその役は、愛さんが55年も前に演じた酒場の女、ラシュルの役という。あぁ、どうしよう。
2021年5月14日
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