編集者のおすすめ本 〈2013年7月〉

編集者のおすすめ本 〈2013年7月〉


柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

『太宰治 母源への回帰』 
原子修著 柏艪舎刊

 
 私自身、高校時代から太宰文学に傾倒し、その全作品は無論のこと、書簡集から随想集まで何度となく読み返し、太宰文学に関する解説・評論集にもくまなく目を通してきたつもりだった。そしてどういう運命の悪戯でか、出版社の人間として本書を発刊前に読むという栄誉に浴し、こんなに嬉しく、幸せなことはなかった。
 なにしろ、このような切り口での太宰治論を目にするのは初めてだったのだ。原子氏の論旨が正鵠を得ているものかどうか、それは読者それぞれの判断にお任せするとして、太宰と故郷を同じくする詩人ならではの鋭い洞察が随所にちりばめられ、なるほどと膝を打ったことも再三ならずだった。
 原子氏はその「あとがき」の中で、次のように述べている。
“津軽縄文人の末裔とおぼしき太宰治は、彼の深層心理に根深く浸潤した絶滅種族の怒りと怨念と絶望感を、あくまでも彼自身の個人的な人生経験として絞り出し、極私化し、美学化して、優れた多くの文学作品に形象化した”と。
 太宰文学はまともな大人の読み物ではないと、嘯いている、面の皮の厚さだけが取り柄の“まともな大人”の方々にこそ、本書をとくと読んでもらいたいものである。


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『ツリーハウス』
角田光代著 文藝春秋刊


 現在活躍中の日本人女性作家ベスト5は?と問われればトップに挙げてもいい、とかねがね思っている角田光代さんの長編小説。第22回伊藤整文学賞受賞作品。
 「どうもうちはよその家庭と違うみたいだ」と感じている大学生、良嗣の家は祖父の代から「翡翠飯店」という中華料理屋を営んでいる。その祖父が急死し、祖母は突然「帰りたいよう」と繰り返すようになった。“帰りたい”のは祖父母が戦前暮らしていた満州。
 そういうことならこの際、祖父母が出会ったという満州へ行ってみようか、とばあさんと引きこもりの叔父さんを連れた珍道中が始まる。
 という良嗣一家の三代記が綴られているのだが、さすがのストーリィ展開でページを繰る手が止まらない。だけでなく、家族というもの、戦争が残したものについて考えさせられる。満州引揚げに関しても丁寧に調べられている。
 本書に深い興味を持った理由は、(我田引水になりますが)小社から『満州 奇跡の脱出』(ポール・丸山著、2011年刊)を出版しているからでもあります。これは、第二次大戦終戦後、170万にのぼる在満邦人の引揚げを命懸けで実現させた3名の日本人の記録で、著者、ポール・丸山さんは3名のうちの一人、丸山邦雄氏のご子息です。こちらもぜひお読みいただきたい本です。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『新釈落語咄』
立川談志著 中央公論社刊


 1995年に刊行された、故立川談志版“現代落語論”。タイトルは太宰治の『新釈諸国噺』をもじったもので、子どもの頃に『お伽草紙』を読んで感動を覚えた著者が、それを落語に適用した作品。
古典落語が作られた時代と現代では、当然のことながら時代背景も違えば常識も変わっている。それを著者が独自の解釈でアレンジしたのが本書だ。
 『粗忽長屋』『寿限無』『だくだく』『死神』『文七元結』など、本書では20編の咄が取り上げられている。落語には“人間の業(ごう)”を肯定する咄が数多くあると言われており、八公、熊公、若旦那など常識とはちょっとずれた人々が登場するのだが、彼らの思いもよらない切り返しには感心させられる。こういうやり取りができれば、怒っているのが馬鹿らしくなり、争い事もそんなに起こらないかもしれない(まともな人はイラつくかもしれないけど)。
 私がこの本を買ったのは1999年5月のこと。当時「立川談志ひとり会」が札幌で年に1、2回行なわれていた。落語のことなどよくわかりもしないというのに、好奇心だけで乗り込んだ。その日の咄は「居残り佐平次」。ぐいぐいと話に惹き込まれ、本当に面白かった! その後何度か「ひとり会」に足を運んだが、この「居残り佐平次」が私のなかでは最高の一席だ。
 最後にロビーでサインをしてもらい、笑顔で握手までしてくれた。この本はいまでも私の宝物だ。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『回想の太宰治』
津島美知子著 人文書院刊


 編集を担当させていただいた書籍、原子修著『太宰治 母源への回帰』の参考文献の一つにあったので、気になって読んでみた。太宰ファンの方なら当然読まれているだろう。太宰治の妻、津島美智子氏による太宰治の回想録だ。太宰との出会い、生活、太宰をとりまく人々が女性らしい視点でつづられている。淡々とした文章から、太宰治への愛がにじみでる。太宰治というより、津島修治がいきいきと描かれていると感じた。
 『ヴィヨンの妻』に出てくるトランプ遊びのことや、『太宰治 母源への回帰』にも出てくる太宰が言葉を覚えた「ハタタコ」を金木で長女の園子さんがもらいうけ言葉を覚えたこと、バー「ルパン」で撮られた写真で履いている靴の思い出などは、私にとって発見だった。作品が生まれた背景や、口述筆記の思い出、疎開先での出来事など、本書を読んで改めて太宰治作品を読み直してみたら、また楽しみが深まるだろう。
 幸せに満ちた結婚生活がうかがわれるが、それにしても、10年は短すぎる。「遺品」の時計の最後の一文には胸が痛くなった。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

『Photoshop CS5 マスターブック』
TART DESIGN編 株式会社毎日コミュニケーション刊


 10年近く使い続けてきた会社の『Photoshop CS』が、先日ようやく『Photoshop CS5』へとアップグレードされた。世間ではすでに『Photoshop CS6』が全盛だが、パソコンのスペックと予算の都合というものもある。
 基本的な操作は把握しているものの、見たことの無い機能も多く、これは何らかのマニュアルが必要だと思い、アマゾンで星の多かった表題の書籍をさっそく購入。
 ざっと目を通した限りでは、まったくの初心者でも分かるように丁寧に解説されているようだが、やはり基本的な部分はすでに知っていることばかりだった。
 それでも、新たに追加された機能のページを読むと久し振りに興奮してきた。
 特に、『パペットワープ』と『コンテンツに応じた~』という機能は、恐ろしいほどスゴイ。書籍のカバー画像や写真の加工に、これでもかと言うくらい活躍してくれそうだ。
 文章で説明するのは難しいので、どういった機能かの説明は置いておくとして、時代は進んでいるのだなあと、改めて実感させられる一冊だった。
 ただし、必要とする人以外にはなんの意味も無い本なので、あしからずご了承下さい。





        

過去の『おすすめ本』
2013年6月
2013年5月