老楼快悔 第17話 著書が「舞台」になった時
拙著に『流氷の海に女工節が聴える』(新潮社)というのがある。いまは北方領土と呼ばれる国後島や択捉島で、カニの缶詰作業に従事した女性労働者たちを扱ったノンフィクション作品である。
女工女工と軽蔑するな/女工さんの詰めたる缶詰は/横浜検査に合格し/あら、女工さんの手柄は外国までも
この哀調を帯びた「女工節」の歌声を聞いたのは、釧路で事件記者をしていた時。根室支局から転勤してきた若い記者が教えてくれた。紙面の連載企画「百年のふるさと」で「カニ」を取り上げることになり、私が執筆担当になった。これがカニ缶女工という思いもかけないテーマに取り組むことになるきっかけだった。
根室に出張して取材し、紙面に記事が掲載されてからも、「女工節」の歌声は耳底に残ったまま。何年か経て、いまは老境にある元女工を訪ねようと、土曜日の夜、札幌駅を出発し、翌朝根室に到着。一日取材して月曜日の朝に札幌に戻り、その足で会社へ、というスケジュールを何度も繰り返して、やっとまとめあげた。
出版してほどなく、突然電話がかかってきた。劇団「文化座」の鈴木光枝さん。映像では知っているが、面識はない。開口一番、
「女工節を、舞台でやらせてほしいのです。何としても」
たどたどしい口調だが、一歩も引かないぞ、という決意のようなものが感じられた。
こちらの方がキモを潰すほど驚いた。その場で、ご自由にどうぞ、と答えた。
ところが、驚くにはまだ早かった。道高文連の合同演劇公演に、この作品を舞台で演じたいという話が持ち込まれ、さらに劇団「新劇場」から舞台に、よみうりテレビからテレビドラマに、さらに松竹映画から映画化の話まで舞い込んだのである。仰天した。
こうしてテレビは、芸術祭参加作品として木曜ゴールデンドラマ「海峡に女の唄がきこえる」の題名で放映された。主演は慶應義塾大学生で初主演の紺野美沙子さん。
文化座の初舞台となる日、招かれて上京し、自分の作品が舞台に展開される光景を目のあたりにして、不思議な感情に襲われた。公演が終わって、原作者として舞台に上げられた。ライトにまばゆく照りつけられて、花束を受け取る。しばらくは夢の中に舞台が現れて、はっとなる日が続いて、閉口した。
2019年4月17日
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