老楼快悔 第2話『警察、呼ぶわよっ』

老楼快悔 第2話『警察、呼ぶわよっ』


 新聞社を定年退職したのが平成6年(1994年)それまで共著も含めて43冊の書籍を出版した。それから24年間で60余冊。すでに百冊をゆうに超えた。
 最初に出したのが『潮路』という小さな本。室蘭支社に勤務していた39歳の時だった。生涯に一冊は本を出したい、と思い、半ば自費出版のような形で出版した。
 これが病みつきになって、毎年、1、2冊ずつ出すようになった。ペンネームで出した『北海道ロマン伝説の旅』という本が週間ベストセラーになり、書店の人から「よく動いていますよ」と言われ、昂る気持ちを抑えて、札幌・地下街の書店に行き、自著が並んでいる書棚を遠くから眺めていた。でもいくら経っても、誰も買っていく様子がない。諦めて帰ろうとした時、中年の男性が立ち止まり、わが本を手に取ったのだ。どきっとなった。男性はぱらぱらとめくって、本を、ぽいと戻した。なぜか、ほっとした。
 十分ほどして、三十代と思える女性が現われ、わが本を手にするなりレジへ向かった。頭が熱くなった。女性はレジを済ませると、店を出て地下通路を歩きだした。ぼーっとなった私は、その後についていった。相手の足が速くなった。私の足も速くなる。
 と、一瞬、女性は立ち止まり、くるりと振り返り、叫んだのだ。
「警察、呼ぶわよっ」
 言うなり、物凄い速度であっという間に消え去った。腰が抜けたようになった。
 後日、書店の人に聞いたら、「本が動く」というのは、一日に2、3冊売れることを指し、これが市内全店になると膨大な数になるのだという。だから目撃しただけでも大したもの、とヘンになだめられた。
 以来、書店で自著を横目で見ることはあっても、期待はしないことにしている。事実、その後も、自著が買われているのをこの目で見たことが一度もないのだ。
 それにしても40年前のあの時の女性に、いまも土下座して謝りたい気持ちでいっぱいである。
 
2018年10月15日


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