●ノースガール

アメリカンオンライン・インスタントメッセージ
ノースガール999から 十二月十四日午後七時十四分

ノースガール999
 : ハーイ、ヨナ!
Jブラック94710 : やあ、ノースガール。きみからメッセージをもらえるなんて、ひさしぶりだね。
ノースガール999 : 実はね、ちょっと出かけてたの。
Jブラック94710 : 出かけてた? どこへ?
ノースガール999 : どこでもいいじゃない。それより、あなたは大丈夫なの? 少し様子がおかしいってみんなが言ってるわよ。
Jブラック94710 : みんな? みんなって誰だい?
ノースガール999 : 誰でもいいでしょ。
Jブラック94710 : きみのことは何ひとつ教えてくれようとはしないんだね?
ノースガール999 : だって、あたしが誰だかわからないうちだけだもの、あなたがあたしに関心を持ってくれるのは。
Jブラック94710 : どういう意味?
ノースガール999 : あたしが誰か知ったら、もうこんなふうに話してくれないだろうから。
Jブラック94710 : なんで話さなくなるんだい?
ノースガール999 : 今だって話しかけてくれないじゃない。あたしのことなんか、なんとも思ってないんだもの。記憶の片隅にすら引っかかってないでしょうね。
Jブラック94710 : つまりぼくは、きみをいつも見てるのかい?
ノースガール999 : ええ。
Jブラック94710 : ポップス・バーマンじゃないよね?
ノースガール999 : 誰?
Jブラック94710 : たのむから、ハニーだなんて言わないでくれよ。
ノースガール999 : ねえ、ハニーで思い出したけど、彼女どうしちゃったの? ものすごく頭がいいんでしょ?
Jブラック94710 : ああ。
ノースガール999 : なのになんで、ダメ男とばっかりいるの? それに、シャツからおっぱいが顔出しそうな格好でウロウロしてるし。あれってなんか意味でもあるの?

●ポップス

「よお、チッパー(訳注:ときたま麻薬をやるヤツの意)」息が切れていた。
 「こんちは、じいさん。元気?」
 「元気なもんか」苦しげな声だった。
 「そうなの? 具合が悪いとか?」
 「具合なら年中悪いわ、チッパー。なんせわしの肝臓は穴だらけ、スイスチーズみたいなもんだからな」じいさんは首をふった。「もうすぐ時間切れだ」
 「スイスチーズ?」
 「そうとも、ぼうず。からくてきついペッパーウォッカを八十年も飲んでりゃ、そうなるわ。だがおまえは利口なんだ、わしのようにはなるなよ、わかったな?」
 「わかったよ」ぼくは笑った。「ペッパーウォッカなんか八十年も飲んだりしないさ」
 「それから女もだ―わしの忠告を聞いて、ちゃんと息子を散歩させてもらっとるのか? そんなことができるのは、今のおまえみたいに若いうちだけなんだぞ?」
 肩をすくめた。
 じいさんは両手で顔をおおった。「なんてこった」うめき声があがった。「今度はなんだ?」
 「うん、あのさ、友だちのポージー、知ってるでしょ? ほら、ぼくがずっと見てた女の子」
 「サーフボードにのったかわいい娘っ子か?」
 「そう、なんだけど、この前の夜、彼女といよいよセックスしようってときになって、とんでもないことをやらかしちゃったんだ」そして説明しようとした。
 「ほかの娘っ子の名前を呼んだな。あの、ペンシルベニアにいる娘っ子の名前を」まるで、わざわざ説明するまでもないと言わんばかりに、じいさんはさらりと言ってのけた。
 どうしてわかったのだろう。じいさんを見つめた。「なんでわかったの?」
 じいさんは肩をすくめた。「人の心が読めるのかもしれんな。で、ポージーはカッとなり、おまえを責めた。そんなところか?」
 「まあね」
 「それでおまえは今、ここに座って後悔しきりなわけだ。半人前の負け犬気分でな。鉛のパジャマでも着て、あの冷たい海に飛びこんじまいたいとまで思いつめとる」
 何も言い返せなかった。
 「いいか、そんなことするなよ、チッパー。息子を散歩させる機会なら、この先またいくらでもあるんだ」
 「うん、それが問題でさ。ほら、ソフィーって子―あのマストヘッドの子だよ―彼女が、二週間ほどしたらオーランドに来るんだ」今度はちゃんと説明した。「それで、ホテルで会いたいって言われたんだよね。ディズニー・ワールドでデートしたいって。ぼくを愛してるんだって」
 じいさんは顔をほころばせ、ぼくの背中をバシッとたたいた。「やったな!」だが、ぼくが笑顔を返さなかったので、じいさんの顔からも笑みが消えた。「どうした?」


●モリー

「きみはどうしてここにいるんだい? ここの学生じゃないんだろう?」
 モリーは微笑んだ。「あなたは、どうして?」
 「話せば長くなる」
 「ふうん、そう」モリーは言った。「セント・ウィニフレッドには合唱団があって、ここで、ヘンデルの作曲した『メサイア』を歌ってるの。だからあたしはここにいるわけ。実に短い話でしょ」
 「合唱団に入ってるの?」
 モリーが歌いだした。「その名は讃えられる、驚くべき指導者∞力ある神∞永遠の父∞平和の君≠ニ……」ものすごい調子っぱずれの歌だった。セント・ウィニフレッドの合唱団は、オーディションなしで誰でも入れるにちがいない。
 「ねえ、男の話にもどしましょうよ。いかに男がいい加減かってこと」
 「いいよ。なんでもどうぞ」
 「まず、どうして男はいい加減なの? わざとだと思う? それともたまたまなのかしら?」
 「どうだろう。たぶん本当はこわいからじゃないかな」
 まじまじと見つめられた。「興味深い答えだわ、ヨナ・ブラック。男が女の子に嘘をつくのは、男がこわがってるからだって言うのね。じゃあ、何をこわがってるの?」
 考えてみた。だが、これが答えだと断言できる自信はなかった。モリーは真剣だった。「たしかなことはわからないよ。でもたぶん、ふられるのがこわいんじゃないかな」
 「ふられる? どうして男がふられるの?」
 「だって、みんなたいしてカッコよくないじゃないか」
 「たいしてカッコよくない、か」モリーはまた髪を耳にかけた。「面白いわね。でも、女の子が男に求めるものがカッコよさじゃなかったら?」
 「そんな話、はじめて聞いたよ」
 「やっぱりね。たぶん女の子が求めているのは、真実よ」
 「それってどういう意味?」ぼくには高尚すぎる会話みたいな気がした。セント・ウィニフレッドの女の子たちはみんな、こんな話をしているのだろうか。


●ハニー

「もしもし?」
 「よお、カス野郎」ハニーだった。「その後、夢のデートはどうなったかと思ってさ」
 「夢のデート?」ハニーが何を言わんとしているのか考えようと、ほんの一瞬口をつぐんだ。ぼくにとっては一瞬でも、ハニーにとっては充分長かった。
 「ちょっと、あんたいったい何聴いてんの?」
 「なんでもないよ」バスルームまで電話のコードをのばし、蛇口をひねって、テレビから聞こえてくるあえぎ声をごまかそうとしたが、コードはそこまで届かなかった。
 「なんとね、この間抜け。まさか有料チャンネルでポルノ見てんじゃないよね?」
 「なんか用があって電話してきたのか、それともいじめたかっただけなのか?」苦々しい口調で言った。
 「ねえ! 『ソロリティ・ガールズ』っぽいじゃん。それ見てんの? けっこう面白いよ。そこに出てる女の子、ひとり知ってんだ」
 「そんなわけないだろ」
 「そんなわけあんの。アザがある子が出てるでしょ。エリッサ・セントスーザン。本名はガートルード。セント・ルークスの生徒だよ。て言うか、まあ、元、だけど」ハニーはクスクス笑った。「兄貴が、ディズニー系列のホテルで、ひとりさみしく『ソロリティ・ガールズ』を見てるとはね」
 「もう切るぞ」
 「別に恥ずかしがることなんかないって。どうせこの電話に出るまでは、映画の中の登場人物に同化してたんでしょ。そうだ、もう少しすると、レズの場面になるよ。なかなかいいから、きっと気に入るって!」
 「切るからな」そして本当に切った。
 テレビのところへ行き、コンセントを抜いた。とたんに静かになった。それから、ベッドに倒れこんだ。肘枕をする。
 そのとき、ベッドの脇にあったタイマーつきのラジオがかかった。ぼくの前にこの部屋に泊まった誰かが、セットしておいたのだろう。母親のラジオショーがまだつづいていたため、部屋の中に母親の声が響きわたった。
 あなた、自分を責めていない?


●ソフィー

「ごめんなさいね」ソフィーがささやいた。「わたしったら、ほんとに馬鹿なんですもの」
 「そんなことない。きみは素敵だよ」
 「いいえ」そしてとなりに座った。彼女の目を見つめる。吸いこまれそうだった。ソフィーはたしかにここにいるんだ! まちがいなく本物なんだ!
 「素敵なのはあなたよ。ずっと、お礼を言いたかったの。わたしのために退学させられちゃったんですものね。なんてお礼を言えばいいのかしら」
 「お礼ならもういいよ」
 「聞いてちょうだい、ヨナ・ブラック」思いつめたような、けわしい顔をしていた。おそろしいほどだった。「この恩には、いつか必ずむくいるから。いい?」
 「そんなソフィー、ぼくは別に恩なんか着せたわけじゃないんだし」
 「わたしは本気よ」あまりにもこわい顔に、ひやりとした。「いつの日か、この借りは絶対に返すわ。わかった?」
 「わかったよ。きみの気のすむようにすればいい」
 するととたんにけわしかった表情は影をひそめ、見慣れた顔にもどった。そして笑みが浮かんだ。「よかった」それからソフィーは、ぼくを上から下までじっくりとながめた。「素敵だわ!」
 「素敵だよ」同じ言葉を返した。
 ソフィーが声をあげて笑った。だが、思わずつられてしまう楽しい笑い声ではなかった。なんだか悲しげで、疲れ切った感じだった。
 「何かあったの?」ぼくは訊いた。「約束は昨日だっただろ」
 「そうだったかしら?」ソフィーは肩をすくめ、微笑んだ。「どうだっていいじゃない」それから、部屋の中を見まわした。「ねえ、ホテルの部屋ってどこもそっくりじゃない?」
 「そうだね」だが実を言えば、それほどたくさんホテルの部屋を知っているわけではなかった。
 「どう? 緊張してる?」
 「少しね」
 「ダメよ」ソフィーは身をのり出し、ぼくの頭に腕をまわして、またキスしてくれた。
 彼女の唇は、キスを返すのがためらわれるくらい繊細で、はかなげだった。ぱっと動いたら消えてしまいそうな、かすかにゆらめくロウソクの炎を思わせた。



 

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