編集者のおすすめ本 〈2014年5月〉

編集者のおすすめ本 〈2014年5月〉

 柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

今回もお休みです


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『月と六ペンス』
サマセット・モーム著 金原瑞人訳 (新潮文庫)


 20世紀前半のイギリスを代表する作家のひとり、サマセット・モームの小説であることはたいていの人がご存知だと思う。私も知っていた。けど読んだことはなかった。そして今、後悔している、20代かせめて30代のときに読んでおきたかった、と。名作は、人生で3回は(できれば10年ぐらいの間隔をおいて)読み直す機会を得てやっとその良さを理解できるものなのだ、と歳をとるにつれてわかってきたから。
 とはいえ、先に立たぬ後悔はさておき、出会えてよかったと思う小説です。
 ロンドンで株式仲買人をしていた40歳のストリックランドは、突如仕事も妻子も捨てて出奔する。理由は「パリでひとり、自由に絵を描きたい」ため。ゴーギャンがモデルだとされる、自己チューの極みのごとき男の一生が、彼の友人である小説家の目を通して描かれている。この、主人公の(たいていは同性の)友人が語り手となって筋運びする技法は、『グレート・ギャツビー』もそうであるが、古今東西多くの小説家が用いているようだ。たぶん主観と客観のあいだに位置するスタンスがちょうどいいのだと思う。
 本作でも、「わたし」がストリックランドと彼に関わる人物、、、妻、パリでの愛人、ストリックランドを天才と認める画家のストルーヴェ、タヒチでの内妻等をほどよい目線で紹介していく。その中で最も魅力的なのがストルーヴェだ。自分には天賦の才能がないことを承知している彼は、万人好みの平凡な絵を描くことで生活の安定を得ている。 が、抜きん出た慧眼の持ち主でもある彼は、ストリックランドに心酔し、とことん面倒をみようと尽くす。どんなに侮蔑されても忠実な犬のように仕える彼の姿は滑稽でいじらしく、神々しくさえある。
 純粋に絵を描く魔力にとりつかれた天才の生き方が、彼に関わる人間の人生をどう変えていくか。結局、それぞれが生き方の決断を試されているのだ、と怖ろしさを覚える。
 本作は中野好夫訳から金原瑞人に変わったばかりの新訳である。大変に読みやすい。これまでに阿部知二、滝口直太朗ほか名だたる訳者による訳本が出ている。訳の違いを読み比べてみたい。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『検察側の証人』
アガサ・クリスティ著 『クリスティ短編集1』所収 新潮文庫


 クリスティ初期の短編で、のちに同名『Witness for the Prosecution(邦題『情婦』)』として映画化されている。
 ここ最近冤罪事件の報道が多く、「どうしてそんなことが起きてしまったのか」「有罪判決に至る過程で何があったのか」と考えていたら、この作品のことを思い出した。もちろんこちらは創作である。とはいえ、人間の心理とは不可思議なものだ。
 主人公の老弁護士は、ある資産家の老女殺害事件を担当する。容疑者はハンサムな若者で、彼には年上の妻がいた。彼のアリバイを証明できるのはこの妻しかいないのだが、法廷で彼女は夫に不利な証言をする。最終的に、ある一通の手紙により、この妻の証言が偽証であることがわかり、夫は無罪放免となる。しかし、老弁護士はうますぎる展開に何か引っかかるものを感じ、真相を突き止めようとする……。
 本書はテーマや設定が申し分なく面白いのだが、なんと言っても心理描写が見事だ。ピンポイントで痛いところを突くというか、意表を衝き、「あ、やられた」と思わせてしまう。クリスティと言えば、『そして誰もいなくなった』や『オリエント急行の殺人』など長編が有名であるものの、本作のように短編でもその実力は発揮されている。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『紅ぎらい 献残屋はだか嫁始末』
蜂谷涼著 (文春文庫)


 『はだか嫁』につづく第二弾。関東大震災直後の江戸、献残屋のお内儀をつとめるおしのの元へ別れた亭主が愛人と愛人に生ませた子どもを連れて避難してくる。お内儀の座をめぐって、女の戦いが繰り広げられる。主人公はもちろん、きっぷのいいお姑さんやしたたかな愛人など登場人物たちがそれぞれに魅力的だ。おしのの父親のセリフ「どだい、あぶく銭ってえのは誰かが流した涙の塊なんだぜ」にもしびれた。将軍家や大名、旗本などに献上された残りの品を買い取る献残屋という商売柄、江戸の豪華な品々の描写も楽しめておすすめです。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

今回はお休みです。





  

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