編集者のおすすめ本 〈2013年9月〉

編集者のおすすめ本 〈2013年9月〉

柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

『老人と海』 
E・ヘミングウェイ著 柏艪舎刊(10月発刊予定)

 
 今年に入って、E・ヘミングウェイの不朽の傑作、『老人と海』(柏艪舎より十月刊・中山善之訳)を三度読む機会に恵まれた。本書が、ノーベル文学賞作家によるピュリツァー賞受賞作品ということはいうまでもないだろう。
 初めの二度は訳稿のチェックだった。そのため、というわけではないが、内容に感情移入して読むことが難しかった。原文の素晴らしさ、訳文の、海がうねるような独特のリズムに乗せられて充分に楽しんだのは言うまでもないが。そして三回目、最終稿を読んだときはほとんど一読者になりきっていた。
 私は感動した。不朽の名作と称される理由がよくわかった。人は人生のある時期において、やはりこのような文学に触れるべきだろうと改めて思った。
 本書について、中山氏は訳者あとがきの中で実に的確にこう述べている。それをここにご紹介したい。
 ヘミンググウェイは、ある友人への手紙の中でこういっている。
 「この作品には、象徴性はまったくない。海は海である。老人は老人である。少年は少年であり、魚は魚である。サメはサメ以外の何者でもない」
 ヘミングウェイは素直に読んでくれることを読者に期待していたのだろう。そして何かを感じ取ってくれることを。
 あなたはなにを感じ取るだろう? 生きる力か。戦う気力か。
 自然への畏敬か。人生のはかなさか。この世への愛着か。


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『丙午の女』
ジーン・ワカツキ・ヒューストン著  鳥見真生訳 柏艪舎刊


 ジーン・ワカツキ・ヒューストンという名を聞いて、ああ、日系の女性作家、とおわかりの方は滅多にないと思う。『マンザナールよさらば』(”Farewell to Manzanar”)の作者だと聞けば、ああ、日系人強制収容所のことを書いた、たしか映画にもなった、と記憶されている方がけっこういるかもしれない。第二次大戦中、当時7歳だった作者とその家族が体験したカリフォルニア州マンザナーの収容所での生活を書き綴ったノンフィクション作品であり、1973年に発表された後、映画化もされ、今も歴史教材としてアメリカの教育現場で活用されているからだ。
 そして本書は、その続編ともいえる長編小説で、2003年に上梓された。物語は、丙午生まれのサヨが結婚相手、廣志の待つ新天地アメリカへと旅立つ1902年に端を発し、娘のハナ、孫娘のテリとつながる三代に渡る女性の、マイノリティではあるが(と言うより、むしろマイノリティであるが故に)誇りを失わぬ生き様を描いている。
 本書の訳者、鳥見真生さんが「あとがき」で「本書は純然たるアメリカ文学作品であるけれど、ある意味では日本人向け英語小説と言えるかもしれない。というのは、主人公のサヨばかりでなく、登場人物のほとんどが日本人で、しかも描かれている世界が、一昔前の、おおらかでゆったりとした、古き懐かしき日本そのものだからだ」と述べられているが、同感である。この見事な歴史小説を英語読者だけに楽しませるのはあまりにもったいない。ぜひとも日本の、特に日系人の歴史も収容所もろくに知らない若い世代に、素晴らしい日本語訳による本書を読んでいただきたい。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『女主人』/『天国への登り道』/『おとなしい兇器』
ロアルド・ダール著 早川書房『キス・キス』ほか


 『女主人』は1960年、『おとなしい兇器』は1953年にアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞(MWA)を受賞。
 ロアルド・ダールといえば、数年前に映画化された『チョコレート工場の秘密』(映画タイトルは『チャーリーとチョコレート工場』)など児童書でも有名だが、短編はまたひと味違い、“異色作家”と言われるのもうなずける。
 登場人物は一見どこにでもいる、何の変哲もない暮らしを送っている人々。そんな彼らがふとした拍子に狂気や不気味さを見せる。読後に背筋がひやりとするような感覚に襲われるのだが、イギリス出身らしい著者のブラックユーモアが魅力である。
 今回挙げた3作品は、いずれも女性が主人公だ。『女主人』は片田舎で宿屋を営む中年女性。年に1、2度、ハンサムな若者ばかりを客として迎える彼女の狙いとは……。『天国への登り道』はとうの昔に子育てを終えいまは夫と二人暮らしをしている裕福な老婦。病的なまでに時間に遅れることを嫌う彼女の目には、夫がそれを焦らすかのようにわざとゆっくり準備しているように見える。彼女は最後にどんな決断を下すのか。『おとなしい兇器』は結婚したばかりの若い女性。夫から別れを切り出されそうになった彼女は、ある驚くべき行動に出る。
 彼女たちに共通しているのは、いずれも物静かで人当たりがよく、しっかりしているということ。これらの作品を読んでいると、狂気というのは表面にむき出しにされるばかりでなく、誰の心にも潜んでいるものなのだということが改めてよくわかる。余談だが、『天国への登り道』の老婦には共感する女性が多いんじゃないだろうか。
 ちなみに、翻訳については誤訳が多いとか、古くさく読みづらいといった声が多いようなので、新訳が望まれるところ。柏艪舎から出せればいいですね。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『母』
三浦綾子著 角川文庫


 本書の“母”とは、小林多喜二の母である。三浦綾子と小林多喜二とは意外な組み合わせだが、夫の光世に勧められて、当時88歳だった多喜二の母を取材して書いたそうだ。母・セキの語り口調で書かれている。これを読んで驚いたのは、多喜二がとても明るいということだ。その作風と死に方から、小林多喜二には暗いイメージしかなかった。多喜二は家族を明るく照らす光だった。そして、日本中の貧しい人々を救おうと共産党に入った。その多喜二をしっかりと信じ続けた母がいた。この母があったからこそ、多喜二は思いっきり闘えたのだろう。拷問の末に殺された多喜二の死に苦しみ続けた母は、晩年、キリスト教に救いを見出した。キリストを十字架にかけられた神の気持ちが、誰よりもわかった人だったろう。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

『オレたちバブル入行組』
池井戸 潤著 文藝春秋社刊


 TVドラマの『半沢直樹』にハマって原作に手を伸ばしてみた。ドラマの前半部分に当たる話ということで、そこまでのTV放送が終わってから読んだのだけど、ドラマの名シーンが部分部分で甦り、臨場感がいや増してくる。結末や金融庁の黒崎の存在など、ドラマと原作では多少の違いもあり、原作の方が淡白な感じだが、それでもエンターテイメント作品として十分に楽しめた。
 本末転倒だが、ドラマの出来が良すぎるため、ドラマを観た後では原作に求めるハードルが逆に上っていたかもしれない。それでも、勧善懲悪の時代劇的な作品を求める人は読んで損はしないだろう。
「倍返しだ!」と「今でしょ」のどっちが今年の流行語大賞を取るのかな。





  

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