老楼快悔 第19話 〝嫁〟に出した本

老楼快悔 第19話 〝嫁〟に出した本


 日曜日の朝、電話が鳴った。相手の男性はおずおずした口調で「栃木県の者ですが」といい、姓名を名乗り、「あなたの満蒙開拓団の本を読んでいたら、父のことが出ていたので、瞼が熱くなって……」と述べた。
 満蒙開拓団とは戦時期、国策に乗って満州(中国東北部)に一家で渡った人たちで、ソ連の侵攻に遭い、多くの犠牲者を出した。死者は7万8千人にのぼるとされる。
 昭和52年(1977)夏、札幌市中央区の西本願寺で関係者が集まり「開拓団関係者33回忌法要」が催された時、年配の男性が7冊のノートを持参した。表紙に「北満農民救済記録」と墨書きされていた。開拓団の最期を記したこのノートを抱いて全国各地を歩き、まとめたのが『満州開拓団27万人 死の逃避行』など一連の著書だった。
 相手は電話の先で、ソ連が攻め込んできた時の様子や混乱ぶりなどを立て続けにしゃべってから「生き別れになった友だちを探せないだろうか」と言った。私が口を濁すと「これだけ書く人だから、きっと探してくれると思ったのに」とがっかりした口調で言い、電話を切った。
 本を出してすでに30年余りが経過している。だがこの方は、図書館で見つけた私の本をたったいま読み上げ、奥付に出ている私宅の電話番号を見て、熱い思いでかけてきたのである。
 本というのは、読んだその時が初めての出合いなのだから、いま読んだ読者と30年前に書いた著者の間には、どうにもならないギャップが生まれる。
 以前、拙著のことでやはり電話をしてきた方から「自分で書いたのに、忘れたの?」と揶揄されて、頭を掻いたことがある。
 本とは、著者が誰かに読んでもらいたくて書くのだが、どんな方が、いつ読んでくれるかはわからない。いや、誰の目につくこともなく消えていくことの方が多い。
 そんなことを思いながら、書棚に並んだ拙著を眺めると、「嫁に出してしまった本たち」に申し訳ない気持ちになり、心の中で、深く頭を垂れた。





 
2019年5月7日


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